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六所神社(松江市)

(ろくしょ じんじゃ)

出雲国総社として栄えた古代出雲の中心社

六所神社は、島根県松江市大草町に鎮座する由緒ある神社で、古代出雲の政治と信仰の中心地に位置しています。意宇(おう)平野のほぼ中央にあり、かつての出雲国府跡に鎮座することからも、その歴史的な重要性がうかがえます。

本社は「意宇六社」の一つに数えられ、奈良時代以降は出雲国総社として国内の神社を統括する役割を担いました。旧社格は県社であり、『出雲国風土記』や『延喜式神名帳』にも記載される格式高い古社です。

六柱の大神を祀る由緒

六所神社の名は、六柱の神々を主祭神としてお祀りしていることに由来します。御祭神は、伊弊諾尊(いざなぎのみこと)伊弉冉尊(いざなみのみこと)天照大神月夜見尊素盞嗚尊大己貴尊の六神です。

いずれも日本神話の中心を成す神々であり、国生み・神生みから農耕、産業、国土経営に至るまで、あらゆる生命と営みを司る存在です。これらの神々を一社に祀ることは、出雲国全体の守護を象徴するものであり、総社としての性格を色濃く示しています。

出雲国総社としての役割

律令時代、国司が任地に赴任すると、国内の神社を巡拝することが慣例でした。しかし広大な出雲国においてすべての神社を訪れることは困難であったため、最も近い神社を総社として定め、そこに参拝することで国内すべての神社に参拝したことに代えました。それが六所神社です。

出雲国内の神主たちは当社に集められ、国司による班幣式や諸祈願が斎行されました。まさに行政と信仰が一体となった、古代国家体制を象徴する神社であったのです。

国府跡に重なる鎮座地

昭和40年代以降の発掘調査により、出雲国庁跡が現在の六所神社境内およびその周辺一帯に広がっていたことが明らかになりました。境内北側からは国府遺構が発見され、東側隣接地には国庁正殿の一部と考えられる遺構も確認されています。

このことから、六所神社は国府と密接に関わる場所に鎮座していたことが分かります。鎮座地が国庁と重なる点については、もともと別の場所にあった社が移転した可能性も指摘されていますが、いずれにしても古代出雲の政治・祭祀の中心地であったことに変わりはありません。

本殿と神紋の特色

御本殿は大社造の様式を伝え、宇豆柱が前後に張り出す古式を残しています。これは出雲地方特有の建築様式であり、格式の高さを物語っています。

神紋は「二重亀甲に有」。この「有」の字は、神在月の「十月」を図案化したものとも、神が「在る」ことを意味するとも伝えられています。同紋は出雲大社神魂神社眞名井神社にも見られ、出雲古社に共通する伝統を感じさせます。

古伝を今に伝える祭祀と文化財

王朝時代以来続く「御田饌神事」は、かつて勅使の参向を受けるほど重要な神事でした。観応元年(1350年)まで勅使が派遣され、その行列と儀式を描いた壁画「紙本著色勅使代参向図」は島根県指定文化財に指定されています。

また、岡田山古墳群出土品は国の重要文化財に指定され、出雲の古代文化を伝える貴重な資料として保管・公開されています。

意宇六社巡りの中心社

六所神社は「意宇六社」の一つであり、江戸時代以前から「六社参り」が行われてきました。意宇六社とは、

熊野大社真名井神社揖夜神社六所神社八重垣神社神魂神社の六社を指し、現在も巡拝の対象として崇敬されています。

境内と参拝の見どころ

境内には神門、拝殿、本殿が整然と配置され、歴史ある社叢に包まれています。意宇平野の穏やかな風景の中で参拝すると、古代出雲の空気を肌で感じることができるでしょう。

交通アクセス

六所神社へは、JR松江駅からバスで約20分、「風土記の丘入口」下車後、徒歩約15分で到着します。周辺には史跡公園も整備され、歴史散策とあわせて訪れるのがおすすめです。

六所神社は、単なる参拝地にとどまらず、古代出雲の政治・信仰・文化が交差する特別な場所です。出雲国総社としての重みを感じながら、悠久の歴史に思いを馳せるひとときをお過ごしください。

Information

名称
六所神社(松江市)
(ろくしょ じんじゃ)

松江・玉造温泉

島根県