布部ダムは、島根県安来市広瀬町布部に位置する多目的ダムで、豊かな自然と歴史的背景をあわせ持つ魅力的な観光地です。飯梨川上流の国道432号線沿いに建設されたこのダムは、周囲を山々に囲まれた静かな環境の中にあり、四季折々の美しい景色を楽しむことができます。ダムによって形成された人造湖は「白椿湖」という愛称で親しまれており、春には多くの白椿が咲き誇ることからその名が付けられました。
湖の周囲には遊歩道や展望スポットが整備されており、散策や自然観察、写真撮影などを楽しむことができます。また、湖の中央にある中ノ島へと渡る大吊橋「白椿大橋」など見どころも多く、安来市を代表する自然観光スポットのひとつとなっています。
布部ダムは、昭和39年(1964年)に着工され、昭和43年(1968年)3月に完成したダムです。飯梨川総合開発事業の一環として建設され、高さ約55.9メートル、堤の長さ約190メートルという規模を持っています。ダムの総容量は約12万5,200立方メートルで、当時の総事業費は16億2,000万円という大規模な事業でした。
このダムは、洪水調節、発電、上水道および工業用水の供給など、さまざまな役割を担っています。ダムの水は安来市だけでなく松江市の一部にも供給され、工業用水として1日約3万4,000立方メートル、上水道用として約1万6,000立方メートルが送水されています。地域の生活や産業を支える重要な水資源として、大きな役割を果たしています。
さらに、ダムの落差を利用した県営の発電所が下流に三基設けられており、それぞれ第一発電所では最大出力3,000kW、第二発電所では1,400kW、第三発電所では250kWの電力を発電しています。こうして生み出された電力は、安来市をはじめとする周辺の工業地域に供給されています。
布部ダムの象徴的な観光スポットとして知られているのが、湖に架かる大きな吊橋「白椿大橋」です。この橋は平成5年に完成した歩行者専用の吊橋で、全長は128メートル、幅は約2メートルあり、中国地方最大級の規模を誇ります。
白椿大橋は、白椿湖の湖岸と細長い岬状の中ノ島公園を結んでいます。橋の上からは湖と山々の雄大な景色を一望することができ、春には桜、秋には紅葉が湖面を彩る美しい風景を楽しむことができます。吊橋ならではの軽い揺れを感じながら渡る体験も魅力のひとつで、訪れる人々に特別な思い出を与えてくれます。
布部ダムの周囲には自然公園が整備されており、湖畔を歩く遊歩道では四季折々の植物を楽しむことができます。遊歩道は湖の周囲を散策できるようになっており、ゆったりとした時間の中で自然を満喫することができます。
春には桜やツツジ、こぶしなどの花が咲き、湖畔は華やかな雰囲気に包まれます。初夏にはあじさいが美しく咲き誇り、秋にはもみじが鮮やかな紅葉を見せます。また、白樺などの樹木も植えられており、季節ごとに異なる景色が訪れる人を楽しませてくれます。
さらに、ダムの放水路下流では、日本で最も小さいトンボといわれるハッチョウトンボやホタルが生息しており、自然観察の場としても貴重な環境となっています。湖では鯉やフナなどの釣りを楽しむ人の姿も見られ、自然とレジャーが調和した場所となっています。
布部ダムがある布部地区は、古くから白椿が自生する地域として知られています。遊歩道の途中から少し谷へ入った場所には、幹の周囲が約2メートルにもなる白椿の巨木があり、「川奥白椿」と呼ばれる品種の原木とされています。この白椿は白く可憐な花を咲かせるヤブツバキの一種で、周辺にはピンク色の花を咲かせる椿も見られます。
周囲にはカエデや桂などの大木が生い茂り、神秘的な雰囲気を醸し出しています。椿がこの地域で大切にされてきた理由については、山の神への信仰や、刃物の錆止めとしての利用、さらには製鉄のための木炭資源など、さまざまな説が伝えられています。
また、椿の実から採れる椿油は古くから高級品として知られ、料理や整髪料、化粧品などに利用されてきました。現在でも布部地区の特産品として椿の苗木や椿油が販売されています。
布部地区は、古くから「たたら製鉄」と深い関わりを持つ地域でもあります。周辺の山地は花崗岩地帯で、低温で溶けやすい良質な砂鉄が採れる場所でした。さらに豊富な森林資源から製造される木炭と、飯梨川の豊かな水量が製鉄に適していたため、この地域では「野だたら」と呼ばれる製鉄が盛んに行われていました。
野だたらとは、山間部で行われた小規模な製鉄法で、砂鉄を溶かして鉄を生産する伝統的な方法です。特に玉鋼から作られる刀剣や包丁などは切れ味が良いことで知られ、日本刀の材料としても高く評価されていました。
現在でも布部周辺では、数十か所に及ぶ野だたらの跡や「鉄さい」と呼ばれる製鉄の残滓が発見されています。また、地域には「金」に由来する地名や屋号が多く残っており、かつてこの地で鉄づくりが盛んだった歴史を今に伝えています。
布部ダム周辺には「ダム公園」が整備されており、駐車場や管理棟、遊歩道、展望台などが設置されています。この公園は、昭和63年から「神話と鉄」をテーマとした広域観光ルート事業の一環として整備されたもので、地域観光の拠点として利用されています。
中ノ島公園では毎年「ダム祭り」が開催され、地元グルメの販売や演芸イベントなどが行われ、多くの人でにぎわいます。公園内には約2,000本もの椿が植えられており、特に4月中旬頃には見頃を迎え、美しい花が湖畔を彩ります。
布部ダムが建設された飯梨川は、安来市南部の山地にある玉峰山を源流とし、中海へと流れ込む一級河川です。流路延長は約38kmに及び、流域面積は約208平方キロメートルに達します。かつては富田川と呼ばれ、地域の歴史や生活と密接に関わってきました。
中流には戦国時代に尼子氏の本拠地として栄えた月山富田城があり、その下流にはさぎの湯温泉や足立美術館などの観光地もあります。また、下流域ではデルタ地形が発達し、酪農やイチゴ栽培などの農業が盛んに行われています。
この地域は古代から人々が暮らしていた場所でもあり、仲仙寺古墳群や宮山古墳など多くの古墳が残されています。長い歴史の中で川の流れは何度も変化しており、寛文6年(1666年)の大洪水では富田城下の町並みが土砂に埋もれてしまったという記録も残っています。
布部ダムへは、JR安来駅から車で約40分、安来インターチェンジからは約30~35分で到着します。また、公共交通機関を利用する場合はJR安来駅または荒島駅からイエローバスに乗車し、広瀬バスターミナルで乗り換えて「布部ダム」バス停で下車すると徒歩すぐです。
豊かな自然と歴史に囲まれた布部ダムは、散策や写真撮影、地域の歴史を感じる旅など、さまざまな楽しみ方ができる場所です。白椿湖の静かな水面と四季折々の風景は、訪れる人に穏やかな時間と心癒されるひとときを与えてくれるでしょう。